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2009年6月30日 (火)

『客というものは常にだしぬけにあらわれた』

Ws000003 これまた山本夏彦語録の一つです。

このタイトルから、『あ、そうだった』と思い返せる方は、50歳以上のOMかと。
 
考えてみるとそうなんですよね~。 電話が各戸に普及するまでは、客はいつだってだしぬけに現れたのです。
事前に連絡する手段が無かった訳ですから、当たり前といえば当たり前です。
従って、だしぬけに現れた知人、客人を古人は普通に家へ迎え入れたわけです。
 
翻って今はどうか。
電話でいちいち、来週の何曜日とか、来月の何日かとか、日時を指定し来て貰ったりしている。
予約しないと迎えられない、行けない世の中になっています。
突然、何の前触れもなく出向き、インターフォンを鳴らそうものなら非常識な人間に思われかねない昨今。
 
夏彦曰く。
『けれども誰しも人恋しいときがある。友に会いたいときがある。いま会いたいのだとノドから出かかっても言えなくなった。こうして有史以来の人と人との間のコミュニケーションは失われたのである』
 
更に、手紙しかなかった頃は、数週間返事が無くても平気だった。 emailだと、その日に返事が来ないと不安になる。イライラする。
電話、emailなど文明の利器により、人間生活にゆとりが出来たかと思いきや、逆にどんどんせわしなくなっている。
 
はて。 文明の利器は本当に人間を幸せにした、豊かにしたのか。
考えさせる一文であります。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

 いつからだろうか...そう思う様になったのは.
 まだ,高校時代,突然友達が家へ来たりしていたから,記憶があるのはやはり,社会に出てからだろうか...

 オオッ,上がれ! って言えたのは学生時代までだったかな.
 かく言う私も,今は,予定を伝えてから出かける様になったね.
 ただ,自宅だとアマ無線仲間には1時間前あたりに電話して,大丈夫なら出かけます. たまに,突然出かける事もあるけど,まだ田舎はそれでも大丈夫だね.限度はあるけど.
 うちにも突然やって来る時もあるけど,それはアマ無線を通した仲間意識かな.ノープロブレムですね.

投稿: YB3ASM/JJ | 2009年6月30日 (火) 23時05分

>まだ田舎はそれでも大丈夫だね.限度はあるけど.

予め相手の都合を確認してから出向く、というのは日本人的な気遣いから来ているのかな。 電話によりそれが更に助長されたと言うべきか。

ちょっと話しはずれるけど、うちの田舎なんか玄関先で『ごめん下さい』という挨拶もない。近所のおじさんなんかは、玄関を勝手に開けて、茶の間にいきなり入ってきて『大将いた?』だもんね。 (注:大将とは、主人の意味)
それが普通で、こちらも同じように突然相手の茶の間に入って行く。 それで全然失礼にならない。

やっぱり昔は良かったなあ。 (あ、厚岸では今もそうか...coldsweats01) 

投稿: JA1BBP 早坂 | 2009年7月 1日 (水) 12時22分

小生、幼少の頃よりやがて47年近い竹馬の友のところには今も月に一度位訪問しておるのですが、休日や就寝前の時間彼の常駐場所が家の中でなく、車庫の二階のシャック兼秘密基地?の為ご家族に気兼ねする事も無く、アポなし、手土産無しの飛び込みで勝手に戸を開けて「居る~」と訪問して居ます。
電話一本掛けて出かければ、空振りも無いはずなのですが、お互いTELの要らない仲を自負して居る為こんなもんです。
今更電話でアポを取って・・・なんてのは何かこの友人との間では他人行儀なんですね。

投稿: ごんざえもんのすけ | 2009年7月 1日 (水) 15時37分

ごん殿

文明の利器は、人間同士が直に接する機会を失わせました。電話は相手の来訪を断る装置に。 ビデオ会議は直接会うことを奪うが如し。

夏彦翁に言わせれば、人生は死ぬまでの暇つぶしということになりますが、暇つぶしに無線が出来るのは幸いであり、しかも勝手に戸を開けて『居る~』と声を掛けられる友人が近くにいれば最高と思うのであります。

機会がありましたら、つくばまで『居る~?』とお越し下さい。happy01

投稿: JA1BBP/ 早坂 | 2009年7月 1日 (水) 21時45分

サルの電気ショックによるストレス実験を思い出します。
サルに突然電気ショックを与えることを何日も続けるんです。
大変なストレスになります。
片方には、いきなりショックがいかないように、予告ランプ、さらに回避ボタンまで備えました。
2匹のサルは、一匹は日に日に元気になり、もう一匹は胃潰瘍で2週間で死んでしまいます。

死んでしまったのは、回避ボタンがあったほうです。
予告ランプがいつ点くか、こればっかり気になってビクビク怯え、逆にストレスになってしまったのです。
元気になったほうは、あきらめて、慣れてしまったんです。
現代社会が人間に良かれと用意してきたものはほとんどこのランプと回避ボタン。
不便な社会が心豊かな社会を実現すると思うんです。
コンビニは身勝手な生活、心の狭い生き方を実現するものですから、無くなって欲しいです。
塩や砂糖を貸し借りして持ちつ持たれつだから、子供の夜鳴きが気にならないわけです。
スーパーも午後6時に閉まってほしいです。地球にも優しいし。

投稿: JO1KVS | 2009年7月 2日 (木) 20時53分

小出さん

ありがとう御座います。サルの話は初めて聞きました。そうだろうな~、という感想です。

コンビニ、スーパーの件、全くその通りだと思います。
人間は、昼働いて夜寝るものです。太古の昔からそうでした。24時間営業なんて間違ってます。

それに、神聖なる正月三が日に店を営業するなんて狂気の沙汰です。
元旦に初売り???? 何じゃそれ! と今でも思っています。
日本の伝統と文化を破壊する勢力には一生掛けて抵抗しようと息巻いている大魔王でありました。

投稿: JA1BBP/ 早坂 | 2009年7月 3日 (金) 21時37分

同志ですね。(笑)
テレビの放送も夜11時で終了でいいですね。
っていうかテレビが一家団欒を奪ったんだと思います。
お父さんが子供たちと一緒に夕食食べられる世の中にしたいです。

投稿: JO1KVS | 2009年7月 4日 (土) 11時19分

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