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2009年10月22日 (木)

流れる星は生きている

Nagareru_2 戦後のベストセラーとして有名な本ですが、遅まきながら読みました。
読了後の感想。 『壮絶』、これに尽きます。 圧倒されました。

作者は新田次郎の妻であり、数学者 藤原正彦の母でもある藤原てい。
ストーリーは、昭和20年8月9日の夜から始まっている。ソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄して突然満州に攻め込んだ日だ。
それまでの平和な生活が突如として壊された。 

夫を収容所にとられた妻(てい)は、長男正広(6歳)、正彦(3歳)、それに生まれたばかりの咲子を背負っての脱出を余儀なくされた。
戦後の大混乱の中、満州から朝鮮半島をわたり日本に帰還するまでの地獄のような日々を綴った文章に息が詰まる。

極限状態に置かれた人間の生き様がそこにはリアルに書かれている。 人間が持っている根性の底のさらに底にあるエゴと、そのぶつかり合い。
寧ろ正気を保っている人間の方が異常と思える状況の中で皆、必死に生き延びようともがいている。

子供は極度の栄養不足と下痢。 食べさせてやるものがない。 栄養不足で子供の体は『おでき』だらけ。 貨物列車にぎゅうぎゅう詰めにされ移動。 子供の下痢は止まらず周りからは臭いと、冷たい目で見られる。 流れの激しい川を決死の思いで渡る。怖がる子供を叱り渡らせる。 いつしか自分は男言葉を使うようになっていた。
何日も寝ずに山道を歩く。 凍死の恐怖におびえての睡眠。 靴はもうない。 足の皮膚は破れ、そこに小石が無数に入り膿んでいる。 しかし前に進まなくては死んでしまう。 道ばたには脱落した人の骸。 子供達はとうに泣く元気さえ無くなっている。

読んでいて、地獄の方がよっぽど楽なんじゃないかと思えてしまうような極限状態を乗り越え、遂に母親は子供達を連れ、故郷、諏訪に辿り着く。 休憩所の鏡に映った自分を見る。 そこには幽霊のような風貌の自分が立っていた。 鏡を見たのは何ヶ月ぶりだろう。 間もなく家族が迎えに来る。 ていのその姿を見て、言葉を失い、ただただ泣き崩れる弟妹たち。 
その最後のシーンは、涙無しには読めないのでありました。 

昭和24年、藤原ていは、引揚後の病の中で、連れ帰った我が子にありのままを語り残してから死にたいと考え、ペンを握り綴ったのがこの本です。 言わば我が子への遺言です。 それが多くの人に読まれ戦後のベストセラーになりました。 

当時3歳だった『正彦ちゃん』は、すっかり育って、ベストセラー『国家の品格』を世に出し、国の在り方を問うています。 大魔王が尊敬している国士です。
この偉大な母がいなければ藤原正彦の著作を読むことはなかった事を考えると、ホント感慨無量です。 ただ、著者、藤原ていは現在存命ながらも認知症で療養されていると聞きます。 つくづく、人生とは何なのかと考えさせられてしまいます。

いや~それにしてもこの本、近年読んだ本の中では一番、衝撃が大きかったです。  まだ読んでいない方にはお勧めです。

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