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2010年8月31日 (火)

鬼軍曹 山本小鉄逝く

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昨日、この訃報を聞きました。
 
山本小鉄、個人的に大変尊敬していました。 
レスラーとしては大成しませんでしたが引退後の指導員としての力量、解説、レフェリーとしての姿を通じ、その人間性に憧れていました。『昔ながらの日本人』を感じていたのです。
 
山本小鉄は当時、力道山の門を叩いたものの即、追い返されたのでありました。 文字通りの門前払いでした。 体が小さく(170cm)軽量だったため、力道山は全く相手にしなかったと言われています。 しかし、プロレスの夢を諦めきれなかった小鉄は、その後一年間、ボディビルで体を作り再び力道山の門を叩く。 そして結果的に最後の弟子になったのでした。  その後、星野貫太郎と『ヤマハバラザース』を結成し、中堅どころのレスラーになったのでした。 
 
山本小鉄の持ち味は、引退後に開花したと思っています。 プロレスの凄みを知っている彼の解説は、常に的確で明快。迫力を持ったものでありました。 何故、今この技を掛けているのか。 この技はどう効くのかなど、その名解説にいつも唸っていました。
多くの若手レスラーをしごき、一人前に育て上げた話しは枚挙に暇がありません(詳しくはネットにあふれていますのでそちらをどうぞ)。
 
彼の試合で一番記憶に残っているのは、引退間近の'80年頃の試合。 試合の流れは忘れてしまいましたが、頭が割れて流血の試合に。頭頂部あたりを切ったとみえて四方八方に血のスジがしたたっていました。 一緒に見ていた友人に思わず『スイカ頭だ』と言ったことを覚えています。 それにしても凄い流血試合でした。仕事とは言え、あんなに流血したら多少はひるむと思うんですが彼は構わず闘っていましたからね。   
 
スキンヘッドで強面。木訥。 真面目。 優しいさ。
昔ながらの日本人を体現していた山本小鉄。 古武士のようでした。 一度は会って話をしてみたかったのに。 本当に残念です。
 
ジャイアント馬場、ラッシャー木村、山本小鉄。
記憶に残るレスラーが次々と亡くなっていきます。
 
合掌
 

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